デス・オーバチュア
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「デミウル、居る〜?」 無数の機械と薬品で埋め尽くされたデミウルの研究室に、妙な二人組が訪れた。 一人は、まだ九歳ぐらいの小さな黒髪の女の子。 大きな赤いリボンを頭の上で蝶結びにし、白い縁取りの赤い温かそうなケープを羽織っていた。 スカートもケープと同じ白縁の赤で、スカートから覗く足はハイソックスなのかタイツなのか解らないが、全て黒布で覆われている。 両手に赤い手袋を填め、両足には赤い長靴を履き、ケープの胸元は赤い蝶型のリボンで止められていた。 もう一人は、十五歳ぐらいの漆黒の少女。 黒髪のストレートロング、黒のケープコート、黒タイツ、黒のロングブーツに手袋と見事なまでに黒ずくめだ。 黒でないのは首から上の肌色以外では、四つの赤。 両目、左足のブーツに埋め込まれた宝石、そして、後頭部で蝶結びされている大きなリボン……この四つだけが血のような赤色だった。 「マリアルィーゼとホークロードか……」 研究所の主であるデミウルが作業を続けたまま、後を振り向きもせずに二人の正体を言い当てた。 「デミウル、マリアの杖のオーバーホール(検査・修理)とカスタム(改造)終わった〜?」 「わたくしのセプティムの修理も当然終わっていますわよね?」 闇の皇子ザヴェーラに仕える闇魔女(ダークウィッチ)と闇鳥(ダークバード)は、修理に出していた己が武器を引き取りに来たのである。 「ああ、セプティムの方は完全に完了している。ついでに少し改良もしておいた」 「まあ〜、修理だけで結構でしたのに……というかわたくしの大事な牙を勝手に弄られては困りますわ〜」 「心配ない、あくまで改良だ、改造というほど別物にはしていない。切れ味を高め軽量化を進めたぐらいだ……」 デミウルはホークロードの非難をさらりとかわした。 「そうなんですの? まあ、それくらいなら……」 「デミウル! マリアの方は〜?」 後回しにしたのなら許さないとばかりにマリアが口を挟む。 「君の方も基本的には完成している。ただ最終的な微調整というか、性能の選択を君の好みで選べるように保留しておいただけだ」 「そうなの!? じゃあ、早く最終調整しちゃおうよ〜♪」 マリアは子供らしい無垢な笑顔ではしゃいだ。 ちなみに、マリアが動くと連動してホークロードも動く。 なぜなら、ホークロードが後からマリアに抱きついているというか、足を地につけたおんぶというか、とにかく『伸し掛かって』いるからだ。 グッタリと怠けて、ベッタリとくっついている……そんな感じである。 「それにしても……相変わらず君達は仲がいいな……」 というか重くないのだろうか? ホークロードに貼り付かれても、マリアはまったく気にしている様子がなかった。 「ん? ああ、これのこと? ホークロードがマリアに『乗って』楽をするのはいつものことだもん。もういちいち気にならないよ」 「乗る……?」 「うん、普段は鳥になってマリアの肩に乗っているよ」 「ああ……そういうことか……納得いったよ……」 つまり、ベッタリと甘えているように見えるこの抱きつきも、鳥の姿の時に肩に留まっているのと同じことなのだろう。 「う〜〜〜ん」 唐突にホークロードがマリアから離れると、頭の上で両手を組み、大きく背を伸ばした。 「じゃあ、マリアが調整している間、わたくしは辻斬……もとい、セプティムの試し斬りでもしてきますわ」 ホークロードはだらけた体をほぐすように柔軟体操をしながら、とても物騒なことを邪気の欠片もない笑顔で口にする。 「了解〜。と言うわけだからデミウル、調整〜調整〜調整しましょう〜♪」 マリアはまるで陽気に歌うように、デミウルを急かすのだった。 ガルディアの皇城、その最下層にはかって三つの大秘宝が安置されていた。 だが、三大秘宝のうち静寂の夜(サイレントナイト)はガイ・リフレインに、天空の撲殺者(スカイバスター)はリーヴ第一皇女によって持ち出され、今では聖皇剣ただ一振りしか残されていない。 聖皇剣は、他の二つの『神剣』とは根本的に異なる『秘剣』だ。 ガルディア皇国の名誉と権力の象徴、『聖皇』と呼ばれた初代女皇が『邪神』を倒し、国を興す際に所有していた由緒ある剣である。 「ふん……」 ガルディア城の最下層に一つの影……いや、闇が降り立った。 青紫のローブで素顔を隠した男、ガルディア十三騎四大騎神が一人にして、闇の神剣ダークマザー(闇の聖母)のマスター、闇の皇子ザヴェーラである。 彼の背後には迷路のような通路が拡がっていた。 三大秘宝の保管場所を兼ねる最下層は複雑怪奇な迷宮となっている。 この程度の迷宮も抜けられないような弱き者は、秘宝を拝む資格も権利もないのだ。 「相変わらずの野晒しか……」 ザヴェーラの見つめる先には、一振りの剣が台座に突き刺さっている。 聖皇剣、ガルディア最大の秘宝である剣は、まるで盗んでくださいとばかりに無防備にその姿を晒していた。 「無理もない、こんな抜け殻には封印も守護も必要ない……」 この剣には、封じなければいけない危険性も無ければ、守るほどの価値も無い。 「……ん……?」 ザヴェーラは、剣の背後の壁に一つの紋章が刻まれていることに気づいた。 「蛇の尻尾をを持つ黄金の獅子だと……?」 こんな紋章はこの前来た時には絶対になかったはずである。 「不遜な……黄金獅子とは我がルーヴェにのみ相応しい紋章だ……」 闇の皇子は不愉快そうに目を細めた。 尻尾が蛇という違いこそあれど、自分の帝国のものとよく似た紋章がこのような場所にあるなど、とても許せるものではない。 「それはハイオールド家の紋章ですよ、兄上」 「ルヴィーラァァッ!」 ザヴェーラはその声を聞くなり、闇の神剣を背後に斬りつけた。 闇色の剣と水色の剣が交錯し、周囲に轟音が響き渡る。 「フッ、いきなり斬りつけるとは酷いですね、兄上」 「ぬかせっ! 貴様のような奴に背中を晒して安穏としている程、余は愚かではないわっ!」 「おや? 愚か……虚けとはあなたのためにある言葉だと思っていましたよ」 「貴様ァァッ!」 ザヴェーラは神剣を引き戻すと、再びコクマに斬りつけた。 二つの神剣が何度も交錯し、その度に轟音と共に火花が散る。 「無駄ですよ、あなたが私を凌駕することは未来永劫ありえません」 コクマは薄笑みを浮かべて、余裕で兄の猛攻を受け流していた。 「頭に乗るなっ!」 剣が交錯した瞬間、ザヴェーラは右手を突きだし、掌から『闇の波動』を解き放つ。 「フッ……」 コクマは跳び退がりながら剣で地を払うと、床から水色の炎を噴き出させ、闇の波動を遮った。 「やめましょう、兄上。時間の無駄ですよ」 「弟の分際で……余を見下すかっ、ルヴィーラァァッ!」 ザヴェーラが剣を振り下ろすと、膨大な闇が地を走り、コクマを呑み込もうとする。 「…………」 闇はコクマを呑み込むと、壁に激突して爆散した。 「どこを狙っているのですか?」 ザヴェーラの背後にスーッとコクマが浮かび上がる。 「無論、貴様をだっ!」 振り向き様に、剣先からドリルのように螺旋回転する闇が吐き出され、コクマを打ち抜いた。 体の中心に風穴を穿かれたコクマは、無数の肉片となって四散する。 「殺ったか!?」 「……と言って、本当に殺れていることはまずないですね」 「ぐううっ!?」 水色の神剣が背後から、ザヴェーラの胴を真っ二つに両断した。 上半身と下半身に分かれたザヴェーラの肉体が水色の炎に包まれる。 「……くううぅ、まだだっ!」 ザヴェーラの両腕は下半身を掴むと、引き寄せ、切断面を重ね合わせた。 「おや、しぶとい……流石は死体ですね」 「はああああああああああっ!」 上半身と下半身を完全に『接合』させると、気合いの一喝で、己が体を燃やす水色の炎を掻き消す。 「……ふう」 ザヴェーラは気持ちを落ち着かせるように小さく息を吐いた。 「どうも貴様が相手だと、この余ともあろうものが小人のように取り乱してしまう……」 「反省するなら、その傲慢極まりない物言いをどうにかして欲しいものですね」 「ふん、反省? 余の辞書に反省などという言葉は存在せぬわ!」 コクマの目の前で、ザヴェーラが『二人』に増殖する。 「王(支配者)は過ちなど決して犯さぬ、故に省みることもない……」 ザヴェーラはさらに倍の四人に増えた。 「退かぬ、媚びぬ、省みぬ……それが生まれながらの王というものだっ!」 物凄い速さでザヴェーラは増え続け、コクマを包囲していく。 「なるほど、『解って』いても避けきれない……数で勝負ですか?」 「圧倒的な『兵力』の前に屈するがいいっ!」 数え切れぬ程のザヴェーラが、一斉にコクマに斬りかかった。 「一人でありながら『軍隊』ですか……それとも、『群体』とでも呼ぶべきですかね?」 無数のザヴェーラがまったく同時に斬り裂かれた。 「馬鹿な……」 コクマたった一人によって、全てのザヴェーラは斬り捨てられ、闇の粒子と化して消えていく。 「幻でも残像でもなく、全てが闇で創られた実体……なかなか見事な技ですが、あなたでは何億人集まろうとも、私にとって何の驚異にもなりはしない……」 「つぅぅ……」 最後に残ったザヴェーラが、切り裂かれた胸を右手でおさえて蹲った。 「まったく、兄上にも困ったものですね。私は今はあなたと戦う気など……ん?」 「…………」 ザヴェーラが蹲ったまま、左手の闇の聖母(ダークマザー)を高々と掲げる。 闇の聖母は、周囲の闇という闇を吸収し、黒く光り輝いた。 「つっ!」 常に余裕に満ちていたコクマが、初めて焦りを見せ、横に跳び離れる。 直後、ザヴェーラの蹲っている場所から、コクマが立っていた場所までを巨大な闇の刃が駆け抜けた。 其処の見えない深く巨大な亀裂が床に刻まれる。 「貴様だけは……」 「こんなところでそんな力を……」 「許さぬっ!!!」 ザヴェーラが剣を振り下ろすと、進行上にある全てが巨大な闇の刃で切り裂かれた。 やっていること自体は以前と大して変わらない。 闇で作った刃を飛ばしているだけだ。 ただ、その出力、質量が以前とは桁違いである。 闇の刃は放たれた瞬間には、壁まで到達し、そこまでにある全ての物を真っ二つに断ち切っているのだ。 「余の前から消え失せろオオオオオッ!」 「くっ……がああっ!?」 ついに闇の巨刃がコクマを捉える。 コクマは剣の背で闇の巨刃を受け止めるが、そのまま壁に激突した。 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」 ザヴェーラは、続けざまに剣から闇の巨刃を撃ちだす。 コクマの姿は、闇の巨刃の爆発の中に消えて見えなくなった。 「ハア……ハア……アアア……」 闇の巨刃の連射をやめたザヴェーラは、著しく衰弱しているようだった。 「む……無茶苦茶ですね……ここが崩壊するのが先か、あなたのエナジーが尽きるのが先か……それとも……」 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」 ザヴェーラは剣を天へと掲げ絶叫する。 「死ねぇぇっ、ルヴィーラァァーッ!!!」 そして、爆発の中から姿を見せたコクマに向けて、今までの倍以上のサイズの闇の巨刃を解き放った。 「くぅぅっ!」 コクマは剣を思いっきり横合いから叩きつけて、闇の巨刃の軌道を逸らす。 逸らされた闇の巨刃は、聖皇剣の突き立った台座を目指して地を駈けた。 だが、闇の巨刃は聖皇剣に到達することなく、何かに弾かれて爆散する。 「愚か者! 少しは考えてから受け流さぬかっ!」 台座の前に、バルディッシュを担いだラスト・ベイバロンが立ちはだかっていた。 「……誰だ、貴様?」 ザヴェーラは落ち着きを取り戻した声で、尋ねた。 いつの間にか、コクマにつけられた胸の傷も塞がっており、呼吸も落ち着いている。 「おや、理性を取り戻しましたか、兄上?」 「ふん、我ながら失態を演じたようだ……」 からかうような感じのコクマに、ザヴェーラは冷静に返した。 視線はコクマではなく、突然現れた緋色の女(ラスト・ベイバロン)の方に向けている。 「……そうか、貴様か……デミウルの背後に感じた存在は……?」 ザヴェーラは闇色の剣をラスト・ベイバロンへと向けた。 「さてな……我はただ、腐臭を撒き散らしながら余計なことを嗅ぎ回る屍を始末しに来ただけだ」 ラスト・ベイバロンは肩に担いでいたバルディッシュを天に翳すように構える。 「変わった土塊! 貴様は……」 「はいはい、解っていますよ。いい加減名前ぐらい覚えて欲しいものですね……」 コクマはラスト・ベイバロンの背後、彼女と聖皇剣の台座の間に移動した。 「良かろう、無事役目を果たせたら、次からは名で呼んでやろう……prominence!」 バルディッシュの先端に眩しい紅炎(プロミネンス)が宿る。 「醜悪極まる屍よ、太陽の紅炎に灼き尽くされるがいいっ!」 ラスト・ベイバロンがバルディッシュを振り下ろすと、燃え狂う紅炎が地を駆け抜けた。 「ふんっ!」 ザヴェーラは高く跳び上がって紅炎をかわすと、剣を横に一閃し巨大な闇の刃を撃ちだす。 「光輪に輝く蛇”(アブラクサス)!」 白光の蛇と化したラスト・ベイバロンの左手が、巨大な闇の刃をあっさりと『噛み砕い』た。 「アブラクサスだと……?」 「屍は屍らしく……」 ラスト・ベイバロンはバルディッシュを両手で持ち直すと大きく振りかぶる。 「素直に火葬されるがいいっ!」 バルディッシュが振り下ろされると、ラスト・ベイバロンよりも巨大な炎熱球が解き放たれた。 「闇よ!」 「なっ……?」 炎熱球が真っ二つに裂け、ラスト・ベイバロンの左肩から鮮血が噴き出す。 「吹き抜ける闇……」 ザヴェーラが剣を下から振り上げた際に巻き起こった闇の疾風が、炎熱球を両断しその向こう側のラスト・ベイバロンを切り裂いたのだ。 「そしてこれが……」 剣を握った左手の手首を返し、振り下ろしの構えをとる。 「渦巻く闇だっ!」 振り下ろされた剣先から吐き出された膨大な闇が、螺旋の渦を描きながらラスト・ベイバロンへ襲いかかった。 「くっ!」 ラスト・ベイバロンは陽光紅炎を放つバルディッシュを、渦巻きながら迫る闇の先端に叩きつける。 「はああぁ……はああああああぁぁっ!」 暫しの拮抗の後、ラスト・ベイバロンは力ずくで闇を打ち返した。 しかし、打ち返された先にはすでにザヴェーラの姿はない。 「うっ!?」 「散れ」 闇の一閃がバルディッシュごとラスト・ベイバロンの胴を一刀両断した。 「ぐうぅ……おのれ……屍の分際で……」 切断されたバルディッシュは紅炎に戻り、やがて跡形もなく消失する。 ラスト・ベイバロンは左手で腹部を押さえ、上半身と下半身が離れないように固定していた。 「代わりましょうか?」 聖皇剣の前に待機したままのコクマがラスト・ベイバロンに声をかける。 「出しゃばるな! 貴様は黙ってそこを守っておればいい!」 ラスト・ベイバロンはコクマを怒鳴りつけると、右手に緋炎を宿らせた。 「The Serpent!」 突きだされた右手から緋炎の大蛇が解き放たれる。 「ふん」 ザヴェーラは剣を横に一閃し、巨大な闇の刃で緋炎の大蛇を真っ二つに切り裂いた。 「貴様……!」 緋炎の大蛇を切り裂いてさらに迫った闇の刃を、ラスト・ベイバロンは右手で受け止め握り潰す。 「次で終わりにしてやろう……」 ザヴェーラは剣を両手で握り直すと、大上段に振りかぶった。 「オオオオオオオオオオオオ……」 周囲の闇、そしてザヴェーラの全身から溢れ出した闇が、闇の聖母に集束していく。 「闇よ、全てを消し去れぇぇっ!」 闇の聖母が振り下ろされた瞬間、床から天井に届く程の巨大で膨大な闇がラスト・ベイバロン目がけて吐き出された。 「ちっ!」 ラスト・ベイバロンは舌打ちすると、右手で左目の眼帯を剥ぎ取る。 「何ぃっ!?」 次の瞬間、ラスト・ベイバロンの『左目』が膨大な闇を全て吸い込んでしまった。 「消え去るのは貴様の方だったようだな」 「ぐうう……があああああぁぁっ!?」 ラスト・ベイバロンの『左目』は闇だけでは収まらず、ザヴェーラ本人までを吸い寄せていく。 「馬鹿な、この余がぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ザヴェーラの姿はラスト・ベイバロンの『左目』の中に完全に消え去った。 そして、吸引が止まり、主を失った闇の神剣だけが虚しく床を転がる。 「誉めてやろう、屍の王よ……我に左目を使わせたことをな……」 ラスト・ベイバロンの『左目』は眼球のない空洞……星の散りばめられた暗黒……『宇宙』そのものだった。 「Babalon、宇宙空間の左目と太陽の右目を持つ猫ですか……」 呟きながらコクマが近寄ってくる。 「過ぎた詮索は身を滅ぼすぞ、土塊……」 ラスト・ベイバロンは再び逆七芒星の眼帯で左目を塞いだ。 「おや? 無事役目を果たしたら、名で呼んでいただけるのでは?」 コクマは悪戯っぽく微笑う。 「ふん、どこまでも喰えぬ土塊だ……では、コクマ、我は先に帰るが、貴様はここを片づけるまで戻ることを許さぬ」 ラスト・ベイバロンは紫のマントを手品のように出現させると、傷ついた体を隠すように羽織った。 「おやおや、後始末を押しつけられてしまいましたね」 「ふん……むっ?」 闇の神剣が独りでに浮かび上がり、闇の女神(ヘラ)へと転じる。 「愚かなことをしたものじゃ……これで、そなたの末路は決まったぞ!」 ヘラは後方に跳び退ると、物凄い勢いで床全体を侵食してきた『影』の中へと消えた。 「侵食する影? 黒の機械人形ですか……」 「人形?」 「ええ、それと……」 コクマはラスト・ベイバロンの前に出ると、真実の炎で何かを弾き返す。 「…………」 弾き返されたのは禍々しき騎士の剣、その剣の先にいたのは、血のように真っ赤な騎士の鎧を纏った青紫の長髪と瞳の少女だった。 「忠実な騎士(奴隷)ですよ」 生前も死後もザヴェーラ唯一人だけに仕え続ける女騎士リーアベルトである。 「ふん、屍の王に仕える屍の騎士か……」 ラスト・ベイバロンは右手に緋炎の炎を宿らせた。 「悪いが主と同じところへは送ってやれるのでな、火葬で我慢して貰えるか?」 切り札は容易く使うものでは、見せるものでもない。 ザヴェーラにかなり追いつめられていたからこそ、できれば使いたくなかった左目(切り札)を解放したのだ。 「……ルヴィーラ様は……その女にお味方されるのですか……?」 リーアベルトは、コクマを様扱いしながらも、とても冷たい眼差しと声で尋ねる。 「まあ、どちらかと言うとそうですかね……?」 「そうですか……では、これからは常に私の剣が御命を狙っていることを御覚悟ください……」 「それはそれは……とても怖いですね……」 「…………」 「我を無視するとは良い度胸だ、腐った騎士!」 ラスト・ベイバロンは右手から緋炎の大蛇をリーアベルトに向けて放った。 「ダークハーヴェスター(闇の収穫者)!」 リーアベルトの剣から爆流のごとき暗黒が解き放たれ、緋炎の大蛇を呑み込んでラスト・ベイバロンに迫る。 「くっ!」 白光を放つ右手を突きだし、ラスト・ベイバロンは暗黒の爆流を受け止めた。 「では、今日の所はこれで失礼します、ルヴィーラ様……」 「待たぬか、この屍女っ!」 ラスト・ベイバロンはさらに力を込め、暗黒を一気に押し返す。 「次に私の顔を見た時……それがあなたの最後です……」 リーアベルトは『影』の中に消える寸前、冷たい殺気の瞳でラスト・ベイバロンを一瞥した。 返された暗黒は、リーアベルトも『影』も去った後の床を無為に爆砕する。 最下層の大半を侵食していた『影』は、リーアベルトを回収すると同時に、波が引くように跡形もなく消え去っていた。 「我の最後だと? 屍風情がよくぞ申した……!」 白蛇の牙(右手)が、背後の壁を噛み砕いて、大穴を空ける。 「帰る……片づけを忘れるでないぞ」 ラスト・ベイバロンは薔薇吹雪(渦巻く無数の薔薇の花びら)に包まれるようにして、姿を掻き消した。 「……終わったか」 ソファーに座っていた青年が一人呟いた。 彼が居る場所は、壁も床も家具すら白一色で統一された小綺麗な部屋。 その白の世界にあって、青年だけが見事な黒だった。 黒髪黒目、シックな黒一色の衣装。 「暗躍ならもっと静かにするものだ……」 青年は骸骨の仮面を右手で弄んでいた。 「ちょっと、何勝手にひとの部屋で寛いでるのよ……」 開けっ放しのドアの向こうに立っていたのは、この城の女皇イリーナである。 「仕方あるまい、オレの部屋などこの城のどこにもないのだから……」 青年は欠片も悪びれた様子がなかった。 「っ……いいから、城内を出歩くならちゃんと『正装』しなさいよ!」 「はいはい、お姫様」 骸骨の裏面に左手を突っ込むと、中から純白のローブを引き出す。 青年はソファーから立ち上がるなり、純白のローブを纏い、骸骨の仮面を被った。 「これで宜しいでしょうか、我が王(マイロード)?」 恭しく跪く純白の死神の声には明らかにからかうような、茶化すような響きがある。 「フッ、それとも我が姫(マイプリンセス)の方が良かったかな?」 「…………」 イリーナはムッとした表情を浮かべるが、死神のからかいに怒りも追求もしなかった。 そんなことをすれば、この死神を喜ばせ、ますます調子づかせるだけだと解っているからである。 「好きなように呼びなさい……まったく騎士(下僕)のくせに態度でかいんだから……」 イリーナはブツブト文句を言いながら、死神に背中を向けた。 「ほら、さっさと行くわよ、阡禍(せんか)」 そして、死神の名を呼ぶと歩き出す。 後は決して振り返らない、この死神が自分に付いてくるのは当然のことだ。 ちゃんと付いてきているか確認する必要などない。 「……フッ、楽しい戯れだ……」 「阡禍、何か言った?」 「いいや、ママゴトなどと言った覚えはないが……」 「はあ〜? 何よ、それ?」 「…………」 純白の死神はそれには答えず、無言でイリーナの後を付き従うのだった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |